

不完全燃焼の
IRONMAN World Championship出場
― 昨年(2025年)、IRONMAN World Championship(アイアンマン世界選手権)に出場されたそうですね。
私のトライアスロンデビューは2021年の石垣島トライアスロンです。そこから本格的に競技に打ち込むようになり、翌2022年には宮崎で開催されたエイジグループトライアスロン日本選手権にも出場することができました。 その後、主戦場をオリンピックディスタンスからロングディスタンスに変え、2025年6月にオーストラリアで開催されたIRONMAN Cairnsでスロット(世界選手権への出場権利)を獲得。そして、同年9月にフランス・ニースで開催されたIRONMAN World Championshipに出場することができました。
― トライアスロンを始めたきっかけは何だったのでしょうか?
トライアスロンを始める10年前、会社の先輩の肩こりを解す為に一緒にジョギングを始めたのが全ての始まりです。後に駅伝大会、ハーフマラソン、フルマラソンと距離を伸ばしていくことになり、「将来はIRONMANになろう、まずはランから始めよう!」と当時同僚と話していた記憶があります。その後数年間はランニングにハマっていました。 2019年のゴールデンウィークに友達家族とハワイ旅行に出かけたのですが、ちょうど滞在の翌週に開催のホノルルトライアスロンの準備をしているのを見かけ、来年もまたハワイに来る口実としてトライアスロン出場を決意しました。足掛け10数年、ようやくトライアスロン挑戦のスタート地点に立てたのです。
ホノトラチャレンジに入門した2019年
― ハワイから帰国後、ホノトラチャレンジに入会されたそうですね。
トライアスロンを始めようと思ったものの、当時は周りに知り合いも経験者もまったくいませんでした。そこで、初心者でも安心して始められる環境はないかとネットで調べてたどり着いたのがホノトラチャレンジでした。ホノトラチャレンジは、ホノルルトライアスロンの完走を目指すためのサポートプログラムです。株式会社アスロニアが主催していて、数か月にわたる実技・座学の練習会やコミュニティでのサポートがあり、初心者でも安心して海や公道でのトレーニングを始められる環境が整っています。ハワイで見かけた大会が、実はこのホノトラチャレンジを運営するアスロニアの大会だったことを知り、「ここしかない」と思ってすぐに入会しましたね。
― ホノルルトライアスロンでのデビューは実現しましたか?
残念ながら、ホノルルデビューは叶いませんでした。私が目標にしていたのは2020年のホノルルトライアスロンで、2019年の夏から秋頃にかけて練習がスタートし、順調に準備を進めていました。しかし、その年の冬から新型コロナウイルスの感染が拡大してしまったんです。練習会はことごとく中止になり、大会自体も開催見送りとなってしまいました。社会情勢の影響もあり、ホノトラチャレンジの同期メンバーも一人、また一人と離脱していってしまう状況でしたね。最終的に残った同期メンバー4人で「ホノルルの代わりに、雰囲気が似ている石垣島でデビューしよう」と誓い合い、1年遅れの2021年に石垣島トライアスロンで念願のデビューを果たしました。


夢の舞台でまさかの落車、骨折のDNF
― 初のIRONMAN World Championshipは、残念ながらDNF*だったそうですね。
フランス・ニースで開催されたIRONMAN World Championshipのバイクコースは、ツール・ド・フランスの山岳ステージにも使われるアルプ・マリティーム山脈を走る非常に過酷なセクションです。特に下り区間は危険で、そこら中で落車事故が多発していました。私もバイクコース120km過ぎの下り坂を走行中、すぐ目の前を走っていた選手が激しく落車し、彼のバイクが宙を舞いました。それをどうしても避けることができず、巻き込まれる形で私も転倒落車してしまったんです。その落車によりレース続行は不可能となり、DNF。現場でメディカルスタッフから、右鎖骨骨折と全身の擦過傷と診断されました。ただ、目の前で転倒した選手の方がさらに重症だったため、現場で1時間以上待たされたのちにようやく緊急搬送されましたね。しかし、病院でも次々に運ばれてくる血だらけの選手たちが優先され、ロビーでさらに長時間待機することになりました。自転車大国フランスでは、鎖骨骨折程度は軽症扱いだったようです(笑)。病院からの帰り道は、同じく落車して入院となった息子さんの付き添いに来ていた現地のご家族が親切にもタクシーに同乗させてくださり、無事にニース市内のホテルまで戻ることができました。現地ツアーの仲間や相部屋の方にも着替えや荷物の搬入など手厚くサポートしていただき、人の温もりに救われた遠征でもありましたね。帰国後すぐに病院へ行き、無事に手術を受けました。
* Do Not Finish(途中リタイア)
― 失意の帰国となりましたが、どのような思いで過ごされていましたか?
落車事故から2週間、手術から1週間ほど経った頃には、日常生活でできることも少しずつ増えてきました。ただ、心の中ではずっと引っ掛かっていたことがあったんです。それは、出発前に息子と交わした「メダルを持って帰ってくる」という約束を守れなかったこと。帰国した際、息子の第一声は無邪気に「パパ、デッカイメダルはどうしたー?」でした。まさかDNFになるとは思っていなかったので、手ぶらで帰ってきたことが本当に心残りで、かなり凹みましたね。その後も何度か同じことを聞かれ、まさに傷口に塩を塗られるような思いでした(笑)。そこからは、「どういう形でリベンジしようか」そればかりをずっと考えていましたね。
息子との約束はデッカイメダル
― 手術のための入院中に新たな目標を決意されたそうですね。
手術前のベッドの上ですら「次はどの大会に出ようか」「どんなパーツを買おうか」と、前しか見ていませんでした。IRONMAN World Championshipという最高峰の舞台で受けた刺激は本当に大きかったですし、落車という不運はありましたが、自分の中で「完走すらできない」なんて一度も想像していなかったんです。もちろん目標タイムもありましたが、それ以前にDNFという形で終わってしまったことが本当に悔しかったですね。だからこそ、息子と約束した「デッカイメダル」を持たずに終わるわけにはいかない、「絶対にリベンジしてやる」という強い気持ちだけがありました。息子との約束を果たすために、もう一度IRONMAN World Championshipの舞台を目指そうと固く決意したんです。
― 今の目標は、世界選手権のメダルを息子さんに届けることですか。
それが今の一番の目標ですね。入院中に立てた計画で、2027年にハワイ・コナで開催されるIRONMAN World Championshipへの出場を目指すことにしました。ニースの事故から起算して約1年半後の大会です。だらだらと数年かけるのではなく、期間をしっかり区切って集中して挑みたいと思いました。まずは現状の走力を把握するために国内の予選レースに出場し、来年のIRONMAN Cairnsで再びスロットを獲得すること。そして、2027年のコナで必ず完走を果たし、息子に最高のメダルを渡したいと考えています。
― 次のKona (IRONMAN World Championship) へ挑む際は、ご家族と一緒に現地へ行かれる予定ですか?
ぜひ家族全員で行きたいですね。来年は予選のケアンズと本戦のコナと、2回も家族で海外へ渡航する計画になるので、正直なところ自分の体力よりも財力の方が心配です(笑)。ニースのときは現地が物価高だったこともあり、泣く泣く一人で渡航しました。現地で素晴らしい仲間に恵まれたものの、どこまでも青く美しい海を見たときに「この綺麗な景色を家族にも見せたかったな」「子供にこんな貴重な経験をさせてあげたかったな」という寂しさや惜しい思いが強く残ったんです。だからこそ、次は絶対にご飯も観光も一緒に楽しんで、パパが戦う姿を間近で見せられたらと思っています。


一級建築士として、父として
― 普段のお仕事について教えてください。
20歳で今の設計会社に入社し、今年で19年目になります。一級建築士として、ビルの再開発など大型プロジェクトの意匠設計を担当しています。一級建築士の資格は25歳から挑戦を始め、仕事と両立しながら約5年かけて29歳のときに取得しました。設計した建物には設計者として自分の名前が残るので、責任は大きいですが、それ以上に自分の仕事が形として残ることに大きなやりがいを感じています。プロジェクトごとに仕事量の波があり、数か月単位で激務の時期が訪れます。繁忙期のピークには、毎日深夜2時や3時にタクシーで帰宅し、シャワーを浴びて数時間だけ仮眠を取り、そのまま朝にはまた出社する生活が1か月ほど続くこともありますね。仕事は決して楽ではありませんが、自分で選んだ大好きな仕事です。だからこそ、仕事も競技もどちらかを諦めるのではなく、両立しながら挑戦を続けていきたいと思っています。
― 奥様も同業とのことですが、ご家庭ではどのように子育てと競技を両立されていますか?
妻も別の会社で現役の一級建築士として働いています。妻は海外出張へ行くことも多く、その間は私がワンオペで家事と育児をしていますね。朝晩の食事を作り、子どもを保育園へ送り迎えし、お風呂に入れて寝かしつけるまでが毎日のルーティンです。もちろん、その間はほぼトレーニングはできません。それでも、子どもと過ごす時間は本当に幸せですね。子どもの成長は驚くほど早いので、「今しかできない子育てを最大限に楽しみ、大切にしたい」という気持ちが強いです。大変なこともありますが、それも含めて今だけの貴重な時間だと思っています。だからこそ、家族との時間を何より優先し、そのうえで限られた時間の中で競技にも全力で向き合う。それが今の自分のスタイルです。
― トレーニング時間が確保できないときは、どのように気持ちを切り替えていますか?
基本的に、「家族と仕事が一番」という優先順位を明確に決めています。仕事が繁忙期のときや、妻の出張でワンオペになるときは、潔くトレーニングをゼロにします。SNSで同世代のアスリートが練習している姿を見ると焦る人もいるかもしれません。でも、私は「今はできないだけで、自分の番はいずれ来る」と考えています。仕事や子育てを優先する時期があるのは当然のこと。できるときもあれば、できないときもあるので、不満を抱くことも、メンタルが落ち込むこともありません。
普段のトレーニングは朝が中心です。毎朝6時前に起きて、1時間〜1時間半くらいですが、ランニングやバイク、スイムなどを行っています。朝は誰にも邪魔されない唯一の自分時間なので、自分自身に負けさえしなければ、毎日少しずつ積み重ねることができるんです。
夫婦それぞれ異なる趣味があるので、干渉せず、お互いの時間を尊重しながら、その都度コミュニケーションを取って調整していますね。仕事も、家庭も、競技も。どれか一つを犠牲にするのではなく、すべてを大切にしたうえで世界を目指したい。その気持ちは、これからも変わりません。
【商品Pick up】UTA SUPLI を飲みはじめて―
UTA SUPLIを飲み始めて数年が経ちます。一番顕著に効果の差を感じたのは、骨折事故の後、一切練習ができずにサプリの服用もストップしていた時期でした。疲労はないはずなのに、飲んでいない期間は朝の目覚めが悪く、体が重く感じたんです。普段サプリを飲んでいるときは、早朝でもすっと起きられていたことに改めて気づかされましたね。また、怪我から復帰し、本気でコナを目指して練習量を増やしてからは、それまでの2ヶ月に1袋のペースから、毎月1袋に変更しました。UTA SUPLIは、プロテインを飲まない私にとってコンディション維持の要であり、トレーニング習慣を支えるうえでも欠かせないパートナーになっています。




| 2026年 | 宮古島トライアスロン 完走 |
|---|---|
| 2025年 | Ironman world championship NICE (落車の為DNF) |
| 2025年 | Ironman Cairns 完走 |
| 2025年 | 宮古島トライアスロン 完走 |
| 2024年 | おきなわKINトライアスロン 完走 |
| 2024年 | 佐渡トライアスロンBタイプ 完走 |
| 2023年 | 佐渡トライアスロンBタイプ 完走 |
| 2023年 | 宮古島トライアスロン 完走 |
| 2022年 | 日本エイジグループトライアスロンチャンピオンシップ 完走 |








