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田島康成

人間ドックの結果で一念発起

― メタボ解消の保健指導がきっかけで走り始めたそうですね

そうなんです(笑)。実は約15年前、35歳の時に受けた人間ドックで “大腸がんの疑いあり”との診断を受けたんですよ。その前年、約1年間の単身赴任中の不摂生が祟り、自分でも見事なメタボ体型に仕上げてしまったなぁという実感はあったんです(笑)。でもまさか“大腸がんの疑い”という命に関わる診断を受けるとは思ってもみませんでしたね。当時は子供も幼稚園に入園したばかりだったので、さすがに焦りました。《オレ死ぬの??》って。。。精密検査の結果、大事には至らなかったんですが、血液から何から全ての検査数値が異常値を示していて、保健指導員から『生活改善しないと死にますよ!』と半ば呆れ気味に指導を受けました。それがきっかけでランニングを始めたんです。
それまで、学校の体育以外に運動をした経験は全くと言っていいほどありませんでした。学生時代はロック研究会に所属していて音楽に夢中になっていたので、運動とは無縁でした。なので、始めたばかりの頃は“パジャマスウェット”を着て、首にはタオルを巻き、足元は当時流行っていたハイテクスニーカーという異様な格好で、家の近所を歩いているのか走っているのか分からないぐらいのペースで“一応”走っていました(笑)。でも実際、走り始めると体重はみるみるうちに減っていって、ピーク時93kgあった体重は数ヶ月で適正体重の77kgになり、今もその当時の体型を維持しています。

“出来るようになる”感覚を楽しむ

― ランニングを続けられている秘訣は?

始めたばかりの頃は痩せることが目的だったので、ゆっくり長く走ることを意識していましたね。3kmぐらいから始めて5km、7km、10kmと徐々に距離を伸ばしていきました。減量という目的を達成した今でも走ることを続けられているのは、“出来なかったことが出来るようになる”という感覚が楽しいからだと思います。当時は、《今日は歩かずに3km走れた》《明日は4kmに挑戦してみよう》などと、続けることでレベルアップしていくのが楽しくて、走ることにどんどんのめり込んでいきましたね。はじめはマラソン大会などで走ることにはあまり興味がなく、純粋に走ることを楽しんでいました。実際に初めて大会で走ったのは、走り始めてから3年ぐらい経った頃だったと思います。近所で毎年開催されている江東シーサイドマラソン大会でのハーフマラソンが私のレースデビューでした。今でも、“出来なかったことが出来るようになる”という感覚は大事にしていますね。ハーフマラソンの次はフルマラソンに挑戦し、その次はウルトラマラソンやトライアスロンといったように目標を持ち続け、それを達成することで自分自身の成長を実感し楽しんでいます。それが私なりの続ける秘訣ですね。ちなみに、生活改善目的から始めたランニングですが、先日のフルマラソン大会では3時間12分27秒と自己ベストを更新することができました。次の目標はもちろんサブ3ですね。

ランニングが私の人生を変えた

― チャリティーイベントの立ち上げにも尽力されたそうですね

2019年に“アースリートランニングフェス”というチャリティーイベントを立ち上げました。これは、不要になったTシャツやタオル、ランニングシューズなどの回収とプロランニングコーチによるランセッションを組み合わせたイベントで、回収したアイテムはNPO法人を通して海外の子供達に寄付するというものです。
『タンスの中に大量にある不要な参加賞Tシャツやタオルって勿体ないよね』というランニング仲間との飲みの席で交わした会話がきっかけとなり、それを有効活用する手段として立ち上げたんです。《自分にとって無駄なものでも、地球のどこかに必要としている人がいるなら、その人に譲った方がいいよね》という、“アスリート”が“アース=地球”規模で考えるという趣旨に賛同してくれるプロランニングコーチにご協力いただきながら、2019年、2020年とこれまでに3回開催しました。参加者からの評判も良くて、回を重ねるごとにイベント自体が盛り上がっていますね。

― ランニングコミュニティーの部長もされているそうですね

そうなんです。5年ほど前から、カラダ大学という“カラダがあなたを進化させる”というコンセプトのもと能力開発講座を提供している大学(企業)で、有志で“ランニング部の部長”をやっています。カジュアルに参加できるランニングコミュニティーを目指していて、街ナカを走って巡りながら途中で美味しいものを食べたりと、練習会というよりもランニングを通して身体を動かすことの楽しさを伝えようという活動です。月1~2回程度活動していて、これまでの5年間で延べ1,500人以上の方にご参加いただいています。私自身も走ることで繋がる人との縁に感謝していますし、世界が広がりましたね。そういう意味では、ランニングが私の人生を変えたと言っても過言ではありません。

45歳でトライアスロンに挑戦!

― トライアスロンを始めたきっかけは?

トライアスロンへの挑戦は、映画“宮古島トライアスロン”を観たのがきっかけです。もともとトライアスロンにさほど興味はなかったのですが、この映画を観終わって劇場を出る時には《オレも出たい!あのスタート地点に立ちたい!》と強く感化されていましたね。映画館の売店で今観たばかりの映画のDVDが3,000円ぐらいで売っていて、それも買っちゃいました(笑)。
この映画を観たのは、まさに偶然でした。ちょうどその頃、トレランのレース中に怪我をしてしまって練習ができず時間を持て余していたんだと思います。映画を観て感化された私は早速、近所のプールに行きました。ちょうど怪我で走れなかったということもトライアスロンへ挑戦する後押しになりましたね。

― 実際にトライアスロンを始めてみてどうでしたか?

長年ランニングをやっていたので、走ることには自信がありました。バイクも最初の頃は友人から借りて問題なく?出来ていました。問題はスイムでしたね。映画を観て勢い勇んで近所のプールへ行き出したものの、当初は全く泳げませんでした。それこそ、水泳は中学校の授業以来だったので、25mがすごく長く感じたのを覚えています。なんとか25mは泳げるようになりましたが、《さすがにこれでは・・・》と思い、東京体育館で開催されていた”大人の水泳教室3ヶ月コース“に通いました。目標は3ヶ月でクロールを25m綺麗に泳ぐこと。そこで呼吸やキックの仕方など基礎からしっかり学び、3ヶ月後には目標を達成することができました。
その後、横浜八景島で開催された横浜シーサイドトライアスロンでトライアスロンデビューし、2018年にはIRONMAN70.3 Japan Centrairでミドルディスタンス * を完走し、翌年の2019年には佐渡国際トライアスロン大会でロングディスタンス * も完走することが出来ました。本来であれば、昨年2020年4月に目標としていた全日本トライアスロン宮古島大会を走る予定でしたが、新型コロナウィルスの影響により中止となってしまいました。今年も中止のようなので、悲願達成は来年以降になりそうですね。
* ミドルディスタンス:Swim2~3km,Bike60~90km,Run20km
* ロングディスタンス:Swim3km以上,Bike100km以上,Run30km以上

昼間は全国を飛び回る営業マン

― 普段はどのような仕事をされているのですか?

現在はいわゆる営業の仕事をしています。取引先がショッピングセンターが多く、外回りの営業マンとして全国を飛び回っています。新型コロナウィルスの影響によりテレワーク業務も増えましたが、それでも出張は多いですね。その多くが日帰りで、新幹線と在来線を乗り継いで往復8時間かけて先方へ訪問することもありますよ。営業の仕事はお客様あってのものですので、私のスケジュールはお客様の都合で決まることが多いですね。地方のお客様とのアポイントが夕方の場合は、帰宅が24時近くなることもありますね。

― 出張の多い仕事、そしてチャリティーイベントなどのボランティア活動と並行してずっとトレーニングを続けてこられたのですか?

そうですね。週5日は何かしらのトレーニングはしていますね。トライアスロンを始めるまではランニングだけだったので月間200kmは走っていました。トライアスロンを始めてからはスイムやバイクの練習もあるので、ランニングの回数は減りましたが、それでも月間100kmはコンスタントに走っていますね。主に仕事が終わった平日の夜か休日にやっています。ボランティア活動は毎週あるわけではないので、うまく時間をやりくりしながらトレーニングしています。それこそ、午前中にアースリートランニングフェスのイベントで参加者の皆さんと一緒に走って、夕方に自分のトレーニングメニューをこなすという日もありますね。忙しそうに思われますが、意外と普通にやれています。ちなみに、一昨年にはライフセーバーの資格も取得しましたよ(笑)。

災い転じて福となす

― 田島さんにとって走るってなんですか?

もう完全に生活の一部ですね。“ご飯食べる、お風呂入る、寝る、走る”みたいな感じです。なくてはならないものになっています。“大腸がんの疑い”がなければ走っていなかったでしょうし、どんな人生を送っていたのか?全くわからないですね。それこそ、トライアスロンとは無縁だったと思います。“災い転じて福となす”という諺がありますが、今思えば35歳の人間ドックがまさに私の人生の転機でしたね。走り始めたことでいろんな人と出会い、そして新しい世界を知ることができました。走ることで得たものは《素晴らしい人生そのもの》です。

― ペーサー * としての活動もされていますよね

2018年から公式レースのペーサーとして走る機会も増えました。特に”スイーパー“と呼ばれる最後尾のペーサーを務める時は”完走請負人“になった気分ですね。最後尾を走るランナーって、完走がかかっているからホント必死なんですよ。泣きながら走っている人もいますよ。その人たちを励ましながら一緒に走り、完走のサポートが出来た時は私の方も泣きそうになっちゃいますね。フルマラソンに挑戦して完走できるのとできないのとでは雲泥の差があると思うんです。完走できれば次もチャレンジしたいと思えますが、逆に完走できないとマラソンを嫌いになってしまう可能性もありますよね。だからこそ、私も必死です。自分が好きなことで誰かに喜んでもらえるなんて、こんな嬉しいことはないですよね。ペーサーとしての活動も私の人生にとってかけがえのないものですね。
* ペーサー:目標タイムをガイドするランナー。“ペースメーカー”“ペースランナー”ともいわれる。

人生は終わりなき旅

― 今後の展望は?

トライアスロンはずっとやっていきたいですね。まずは、延期になってしまっている全日本トライアスロン宮古島大会の完走が目標です。その後は、“国内4大ロング * ”の制覇と、IRONMANにもチャレンジしたいですね。
“アースリートランニングフェス”や“ランニングコミュニティーの部長”、そして“ペーサー活動”もずっと続けていきたいと思っています。走ることで繋がる縁を大事にしながら、ますます人生を楽しんでいきたいですね。
* 全日本トライアスロン宮古島大会、五島長崎国際トライアスロン大会、全日本トライアスロン皆生大会、佐渡国際トライアスロン大会

【商品Pick up】UTA SUPLIを飲みはじめて―

UTA SUPLIはホント凄いですよ、お世辞抜きで(笑)。今までリカバリー系のサプリメントを色々と試したりしましたが、これほど効果を実感できるサプリメントは初めてです。また、UTA SUPLIを飲みだしてからは、お酒を飲んでも翌日まで残ることがなくなりましたね。この効果には特にびっくりで、朝ベッドから起き上がる瞬間に違いが分かるほどです。最初は価格的に高いかな?と思いましたが、まさに“お値段以上”の価値はあります。今では手放せないアイテムになっています。

田島康成

私のタイムスケジュール

スケジュール

私の記録

2021年 東京チャレンジマラソン(フルマラソン自己ベスト更新3時間12分27秒)
2019年 チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン5LAKES118km 完走
佐渡国際トライアスロン大会Aタイプ 完走
2018年 IRONMAN70.3 Japan 完走
2016年 チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン5LAKES118km 完走
2013~18年 柴又100Kウルトラマラソン 6年連続完走