We are the best buddies. ベストパートナーとして互いの挑戦を支える物語 鎌田淳&鎌田綾子

夫婦で楽しむトライアスロン

― 2023年は皆生トライアスロン、佐渡トライアスロンをともに夫婦で完走されたそうですね。

(淳)一年のうちに2つのロングトライアスロンレースにチャレンジしたのは昨年が初めてでしたね。佐渡トライアスロンはコロナ禍による中止を挟みますが、2018年から3回連続Aタイプ*を夫婦で完走しています。そして昨年(2023年)は、それに加え灼熱の皆生トライアスロンも完走しました。昨年から久保埜一輝コーチはじめ、トライアスロンコーチの指導を受けながらレースに挑んだんですけど、コーチや一緒に指導を受けた仲間たちの存在の大きさを改めて実感したシーズンになりましたね。ここ数年はコロナの影響によりレースの中止が続いたこともあり、私自身もなかなかモチベーションが上がらなかったり、目標を見失いそうになりました。でもこの時期に参加していたトライアスロン練習会や合宿などで多くの方々と出会い、そして互いに刺激し合うことがチャレンジへの大きな原動力になったと思います。実は私は昨年のシーズン序盤の4月にバイクで落車して、6月に手術をしたんです。初めはなんともないと思っていたんですけど、徐々におかしいなという症状が出てきました。ひどい肩凝りと、目の奥が痛いような眼精疲労のような違和感。トレッドミルで走っていたら何もないのにつまずくようになったり、無意識に左側に寄って行ってぶつかりそうになったり。周りの人に病院に行った方がいいと言われて行ってみたら即手術。手術した翌月の皆生にはなんとか出られましたが、改めて、妻をはじめコーチや仲間の存在を大きく感じる一年でした。
*Swim4km、Bike190km、Run42km

― トライアスロンを始めるきっかけは?

(淳)40歳のとき横浜市の地域情報誌を見て、横浜マラソンの10kmに夫婦で出ました。今の横浜マラソンは42.195kmですけど、昔はハーフと10kmだったんです。大した練習もせずに出たんですけど、意外と気持ち良くて面白かった。それがきっかけで、まずマラソンを始めたんです。最初は10km、次はハーフ。その後はフルマラソンに出ることを目標に練習や大会を積み重ねていく中で、だんだんとランニング仲間ができるようになりました。その中に横浜トライアスロンに夫婦揃ってデビューするという人がいて、その夫婦を応援に行ったのがきっかけでしたね。その夫婦は私たちよりも年上で、当時50歳前後。その年齢の方が一生懸命頑張ってゴールを目指している姿を見ていたら、なぜか自分がトライアスロンをやっていないことが恥ずかしいと思ったんです。自分のほうが全然若いのに、挑戦をしないのかと。だから「やりたい」と強く思ったというよりは、「やらないと恥ずかしい」ぐらいの気持ちで始めましたね。私たちが43歳のときです。(綾子)大会に応援に行った数日後、私たちは自転車屋さんに行って、ロードバイクをそれぞれ買いました。なんだか火が点いてしまったような、すごい勢いでしたね。私はその奥さんととても仲が良かったので、一生懸命挑戦している姿を見て本当にすごいなと思いました。彼女はもともと水泳やマラソンはやっていたんですけど、バイクは新たに挑戦していて。そういうプロセスを間近で見ていたから余計に、私もやってみたいと刺激を受けましたね。

それぞれのトライアスロンデビュー

― 綾子さんの方が先にトライアスロンデビューされたと伺いました。

(綾子)私は応援に行った大会の翌年、2014年の横浜トライアスロンでデビューしました。夫は抽選に外れてしまったので、デビューは別々だったんです。初めてのレースでしたが、無事に完走できて嬉しかったです。最後はバテバテでしたけど、やっぱりスイムでのアドバンテージは大きかったですね。私は大学1年生の時にライフセービングに出会い、海での監視活動をしていたので、海泳ぎは得意なんです。うねっていても荒れていても怖くない(笑)。1,500mだと25分ぐらいでした。その分バイクは全然遅いんですけどね。でも記録云々より、楽しかったというのが大きかったです。去年は応援として見ていたレースに、今年は参加している。約1年準備をしてきて、ようやくこの舞台に立ったという晴れやかな気持ちでしたね。

― 淳さんのトライアスロンデビューは?

(淳)横浜トライアスロンに抽選で外れたので、私のデビューは幕張トライアスロンでした。ただ、そのレースは天候不良によりランだけだったんです。レース当日会場へ行ったら赤潮の影響でスイムが中止。しかも前日からの雨でバイクコースの水はけもできておらずバイクも中止。砂浜を走るビーチランが終わった後にロードランという運動会のようなレースでした(笑)。だから正式に3種目のトライアスロンデビューをしたのは、その年の榛名湖リゾート・トライアスロンです。私たちがトライアスロンを始めるきっかけとなった夫婦と一緒に、4人で出ました。榛名湖のランは途方もない激坂があって、そこはかなり苦戦しましたね。スイムはマスターズで1,500mを泳いでいたので大丈夫だと思っていたんですけど、淡水だから浮かなくて、想像よりもきつく感じました。バイクコースはメロディラインを走るので、路面から音が鳴るのが面白くて、楽しみながらいけましたよ。デビューはドキドキや不安よりも、ワクワクの気持ちのほうが強かったです。ようやく3種目できるということを喜んだのを覚えています。

― 淳さんのデビューに向けて綾子さんがスイム指導されていたと伺いました

(淳)私はトライアスロンにチャレンジするまでランニングと筋トレをするぐらいで、プールにはほとんど行ったことがなかったんです。だからトライアスロンデビューに際し、スイムが大きなハードルでした。ウェットスーツを着るとはいえ1,500mは泳げないとまずいと思い、水泳のインストラクターをしていた妻に個人レッスンをしてもらいましたね。デビューに向けて練習をしていたのですが、どうせならマスターズにも出てみようと思い、千葉県習志野市で開催される日本マスターズ水泳の1,500mに挑戦しました。初めてなのに1,500m、しかもノーウェット。みんなから驚かれました(笑)。でもそれがトライアスロンへの大きな自信になったのは間違いないですね。

トライアスロンで広がる人との輪

― レースだけではなく練習会や合宿にも積極的に参加されているそうですね

(淳)それまでずっと2人でやっていたんですけど、今よりもう少し上手くなりたいなと、技術向上のために練習会に参加したことがきっかけでした。たまたまSNSで久保埜一輝コーチが館山で日帰り練習会をやるというのを知り、行ってみることにしたんです。初めはコミュニティに入ることを目的に行ってなかったんですけど、そのときみんなで練習することの楽しさを知って、そこから練習会や合宿にも積極的に参加するようになりました。(綾子)それまでは我流でやっていたので、学ぶということをしていなかったんです。スイムもランも、特にバイクはよく分からないのに自分たちだけでやっていて。だから練習会やイベントへの参加を通じて、トライアスロンを体系的に学ぶことが面白くなってきました。もう少しペダルをよく漕げるようになりたい、もう少し楽に走れるようになりたいって、自分を向上させたいという気持ちで参加していたら、仲間にも会えるし、新しい仲間と出会えるし、それも楽しくなってきていろいろ参加するようになりました。(淳)レース自体は苦しいじゃないですか。でもレースに挑むまでの過程があって、一緒に切磋琢磨できる仲間がいるってこんなに心強いのかと思いましたね。レース後も互いの頑張りを称え合ったり、あのとき暑かったとか、あそこがきつかったとか、みんなで共有できるのも嬉しいんです。コミュニティ目的ではなかったけど、今ではその魅力に完全にハマっています。どの練習会や合宿に行っても、みんな受け入れてくれますしね。ウェルカムな感じでよそ者扱いされないし、気さくな人が多いから、安心して入っていけるんです。トライアスロンをやっているというだけで、すごく距離感が近くなりますよね。(綾子)マラソンや水泳でも仲間はできますけど、こんなに広がっていくのはトライアスロン特有なのかなと思いますね。トライアスロンを始めてからびっくりする程、人との縁がどんどん広がっていきました。もちろんそこに自分の成長や学びはあるんですけど、タイムとかそういうことだけではなくて、人との出会いや、コミュニティの中にいる楽しさも教えてもらいました。

強い絆で互いのチャレンジを支える

― 結婚28年目、お二人の出会いは?

(綾子)大学を卒業してからお互い大手スポーツクラブに就職して、そのときの同期でした。新入社員研修で顔を合わせていくうちにお付き合いがスタートして。約1ヶ月の研修後、夫は札幌、私は長野に配属が決まり、最初から遠距離恋愛だったんです。そのまま2年半ぐらいお付き合いして25歳のときに結婚。出会ってからはもう30年ですね。人生の半分以上一緒にいます。私は退社して、夫のいる札幌に行きました。初めは専業主婦だったんですけど、途中で嫌になっちゃって、近くのスイミングスクールでインストラクターのバイトをしていました。もともと小学生から水泳をやっていて、大学生のときは自分が育ったスイミングスクールで インストラクターのバイトもしていたんです。

― 綾子さんは30代半ばから大学で学び直したと伺いました

(綾子)今私は臨床心理士・公認心理師として働いているのですが、30歳ぐらいのときにそのきっかけとなった出来事がありました。実は飛び降り自殺の巻き添えに遭ってしまい、上から人が落ちてきたんです。救急車で運ばれて、むち打ちになったりはしたけど大事には至らずに済みました。背負っていたリュックに落ちてきたので、コンマ数秒ずれていたら命も危なかった。落ちてきた方はどうやら精神疾患を患っていて、幻聴が聞こえて落ちたらしいのです。私の心はなんだかモヤモヤして、その人の精神状態にとても興味を持ち始めました。なぜそういう行動をしてしまったのか、それを知りたいと思ったんです。独学で心理学を勉強し始めてセミナーにも行ってみましたが、あまり深く学ぶことはできず。やっぱりきちんと勉強したいと思い、大学で学び直すことを決意しました。臨床心理士になるには大学で4年間、大学院で2年間学ぶ必要があります。私は体育大学を卒業していたので3年生から編入し、大学で2年、大学院で2年学び、臨床心理士の資格を取得しました。心理の仕事をし始めたのは36歳からです。あの出来事がなければ、私はこの道に進んでいないと思います。(淳)その当時、長年勤めたスポーツクラブを辞めた退職金を妻の大学の入学金にして、妻は奨学金をもらいながら大学に行っていました。私は転職したばかりで給料がガクンと下がっていて、しかもダブルインカムだったのがシングルインカムになって、正直言うと極貧でしたね。以前の職場では家賃補助があったけど、それもない。しかも札幌から東京に越して来ていたので、物価も家賃も高くてキツかったです。それでも私が転職するときも妻は応援してくれたし、私も妻のチャレンジを応援したいと思いました。このときだけでなく、どんな状況でもお互いの「やってみたい」はできる限り尊重してきましたね。妻がライフセーバーのバイトで2ヶ月家を空けると言ったときも、私が転職や独立をしたいと言ったときも。それぞれがお互いのチャレンジを後押しできる存在でいることは、私たちにとってとても重要なことだと思います。

― 今、綾子さんは児童相談所での勤務、淳さんは独立されたそうですね

(綾子)私は臨床心理士・公認心理師になり、今は児童相談所で公務員として働いています。中途採用で入庁して10年くらいになりますね。それまでは中学校のスクールカウンセラーや、クリニックでのカウンセリングなど、非常勤で転々といろんな場所で仕事をしてきました。きっかけは大人の精神状態に関心がありましたが、大人のカウンセリングを経て、今は子どもがメインとなり、子どもやその家族の支援に従事しています。(淳)私は40歳を過ぎ、営利企業の数字と利益だけを追求する体制に嫌気がさして、NPOに転職しました。もう少し社会貢献のために人生を捧げたいと思ったんです。日本ではまだそんなに広まっていませんが、ファンドレイザーという職に就きました。非営利組織の資金調達のお手伝いという感じで、寄付を募ったり、助成金の申請書を作成したり、いろいろな企業から支援を受けるためのプレゼンをしたり。NPOで3年程働いてから独立して、今は私1人の会社ですが、経営をしています。

夫婦円満の秘訣はトライアスロン

― 夫婦で共通の趣味を持つ良さとは?

(淳)トライアスロンという共通の趣味を持っていることは、夫婦円満の秘訣のひとつかもしれません。我が家では冷蔵庫に2か月分のカレンダーを貼っていて、そこにお互いの予定を書いています。その中にトレーニングの予定も必ずあって、この日は朝ラン、この日は20km走る、この日はバイク、この日は練習会に出ようかと書き込んで、それを見ながら相談をしてスケジュールに落とし込んでいます。(綾子)計画は大体夫が立ててくれています。それを見ながら、仕事含めてスケジュール調整や体調管理を行うようにしています。基本的には普段の練習は2人でやっています。個人でバラバラにではなく、2人でスケジュールを共有してトレーニングができるのは良いですよね。あとは、この大会のためにはどれだけ練習が必要とか、目標に対しての練習量やトレーニングメニューに理解があるのも大きいと思います。

― いずれは夫婦でIRONMANチャレンジ?

(淳)いずれは夫婦揃ってIRONMANにチャレンジしたいですね。ただ、私たちは2人でやっているので、参加費や旅費などもすべて2倍。お金がものすごくかかるのが正直痛いですね。今は共働きなのでなんとかなりますけど、IRONMANはエントリーフィーだけで700ドル以上かかるので、円安の様子も見つつ、そのうちIRONMAN貯金を始めようと思っています。オーストラリアが好きなので、ケアンズでデビューしたいですね。仕事もしっかりやらないとトライアスロンもできなくなる。だからどちらも手を抜かず、その両方を充実させていくことが重要ですよね。

― トライアスロンや仕事なども含めて、今後の目標は?

(淳)トライアスロンは、まずは4大大会を制覇することですね。宮古島、そして五島に出て4大大会をクリアしたら、次はIRONMANを目指して動いていければいいなと。目標は、怪我なく長く続けていくことですね。ロングをメインにしながら、地道にコツコツ積み上げていきたいです。仕事面では、新たな挑戦をしたいと考えています。独立して6年目になるので、今までやってきたことの繰り返しではなく、もっと自分がやりたいことにフォーカスして、能動的に動きたい。できればこれまでずっと関わってきたスポーツに関する仕事がしたいですね。会社員と違って雇われ仕事ではないので、自分が本当に楽しいと思う仕事をしながら、会社としても個人としても成長していきたいです。
*全日本トライアスロン宮古島大会
*長崎県五島列島で開催のロングトライアスロン。通称:バラモンキング
(綾子)私も、トライアスロンも仕事も長く続けていきたいですね。臨床心理士の仕事は精神的なタフさがとても求められます。だからこそオフの日は、身体を思い切り使って、陽の光をたくさん浴びて、夢中になって取り組めるトライアスロンに打ち込んでいるところがあるんです。オンとオフの差がすごく激しいんですけど、どちらも自分にとっては必要なことで、これでバランスを取っているのかもしれません。この先もずっと心理の仕事には携わりたいと思っています。いずれはカウンセリングルームの開業なども視野に入れながら、子供のケアを続けていきたいですね。

【商品Pick up】UTA SUPLI を飲みはじめて―

UTA SUPLIは夫婦で愛用しています。もう2年以上ずっと継続して摂取してますね。疲労回復効果を実感するのは特に朝ですね。起きがけのスッキリ感が全く違います。仕事とトライアスロンをしっかり両立するための必須アイテムですね。また、UTA SUPLIは乾燥ナマコ粉末だけを使った天然成分100%のサプリということで女性でも安心して摂取できるのも素晴らしいです。

鎌田淳&鎌田綾子
鎌田淳&鎌田綾子

私のタイムスケジュール

鎌田淳

スケジュール
スケジュール

鎌田綾子

スケジュール
スケジュール

私の記録

2023年 佐渡国際トライアスロン大会(236.2K) Aタイプ
皆生トライアスロン(183K)
舘山わかしおトライアスロン 綾子年代別2位
2022年 佐渡国際トライアスロン大会(236.2K) Aタイプ
徳之島トライアスロン(62.48K)
彩の国トライアスロン(89.25K) 綾子年代別1位
2021年 九十九里トライアスロン(114.1K)
彩の国トライアスロン(89.25K)
2019年 佐渡国際トライアスロン大会 Aタイプ(236.2K)
世界トライアスロンシリーズ横浜大会
2018年 佐渡国際トライアスロン大会 Aタイプ(236.2K) 初ロング完走
世界トライアスロンシリーズ横浜大会
2017年 トライアスロン珠洲大会 Aタイプ(128K)完走
世界トライアスロンシリーズ横浜大会
2016年 トライアスロン珠洲大会 Aタイプ(128K)完走
たかはらやまトライアスロン 完走
世界トライアスロンシリーズ横浜大会
2015年 佐渡国際トライアスロン大会 Bタイプ(128.1k) 初ミドル完走
たかはらやまトライアスロン 完走
世界トライアスロンシリーズ横浜大会 完走
2014年 榛名湖リゾート・トライアスロンIn群馬(淳初戦)完走 綾子年代別2位
世界トライアスロンシリーズ横浜大会(綾子初戦)完走