久保埜一輝

再始動のきっかけは“IRONMAN Japan”

― 子どもの頃から好きだったトライアスロンを辞めていた時期があったと伺いました。

競技を始めたのは6歳からで、辞めたのは高校3年生のときです。
スランプだったのか「練習をしても走れない」状態で、トライアスロンが楽しくなくなってしまいました。当時 、大学へ進学し競技を続ける自信もなくなっていたので、一切競技を辞めて地元の専門学校に行きました。そこから数年は、それまでトライアスロンに注いでいた情熱を遊びに費やし、タバコを吸い、夜は飲み歩き、トレーニングから離れ、ただただ遊ぶ日々を過ごしていました。

― トライアスロンに戻ったきっかけは?

学生時代はただ遊びまくって、それはそれで楽しかったのですが、トライアスロンをやっていた時のような充実感や達成感はなく、物足りなさを感じていました。その気持ちを自覚したときに自然と、もう一度トライアスロンをやりたいと思えたのです。ただ、そのときは競技ではなく趣味の範囲でやるつもりでした。
でも、それからしばらくして、昔から憧れていた大会“IRONMAN Japan*”が地元北海道で開催されることになったんです。まさか、そんな機会が来るとは想像もしていなかったので、改めて本気で挑戦したいと思うようになり、挑戦するからには悔いが残らないよう一生懸命練習をしようと決意しました。
そこから一年間は、昔やっていた以上にハードな練習を続けました。そして、出場した2013年のIRONMAN Japanで、日本人で第1位という素晴らしい成果 * を手にすることができました。この大会がきっかけとなり、もう一度、競技としてトライアスロンに取り組む決心がつきました。
* IRONMAN Japan:北海道洞爺湖で2013~2015年に開催
* 9時間38分にて総合優勝

安定した生活を捨てコーチ業へ

― 選手活動からコーチになるまでの道のりを教えてください。

直接のきっかけとなったのは、佐渡国際トライアスロン大会で総合優勝したことです。
全国的な大会で優勝したことで取材が増え、トレーニング方法を教えてほしいと頼まれることも多くなりました。そういった状況の変化から、トライアスロンを仕事にできるかもしれないと考えるようになりました。ただ、その当時、私は北海道で消防士をしていたので、安定した公務員の仕事を手放す決断をするのは簡単ではありませんでした。5年間公務員として働いたことで考え方も安定志向になっていて、はじめのうちは、消防士を辞めてトライアスロンだけで生活していくのはリスクが高いと思っていたからです。
しかし、その一方で、先が決まっている人生はあまり面白くないとも感じていました。私のまわりには、常にいろいろと挑戦をしているトライアスリートの方が多く、そうした方々から影響を受けていたのだと思います。
半年ほど悩み続け、トライアスロンの仲間や関係者の方々にもいろいろと相談をし、最終的には自分がやりたいと思ったことに挑戦してみようと決心しました。
そして2018年の春、27歳の時に北海道から東京へと移り、新しい生活をスタートさせました。今は、子どものころから取り組んできたトライアスロンの選手を続けながら、コーチとして仕事にもできているので、思いきって東京へ出てきて本当によかったと実感しています。

オンライン化を促進

― コーチ業は始めから順調だったのでしょうか?

いいえ。最初はうまくいかず、軌道に乗ったと思えたのは2019年の夏頃、始めてから1年経過した頃です。
前向きな方々と練習するタイミングが重なり、その頃からいろいろな事がうまく回るようになりました。また、同時期にコーチングのやり方を変えたことも理由としてあります。
一番大きく変えたのは、コーチングのオンライン化を図ったことです。今までは対面ベースだったものをオンラインベースに変えて、たまに対面で走る、というように、オンラインと対面の比重を変えました。変えた理由は、インドアで練習している生徒さんが多かったからです。インドアの練習でも成果が出せる方法を考えた結果、オンラインにたどり着いたという感じです。また、時間がない中で練習をされている方が多かったこともあり、生徒さんの立場に立って考えて、オンラインをメインにすることにしました。
自分自身もアイアンマンレースに出ているので、そのノウハウには自信がありますし、自信を持って生徒さんに指導できていることが自分の強みだと思います。結果論になりますが、新型コロナウイルスの影響を受ける前にオンライン化できていたのは、運がよかったと思います。

楽しいと思えることが良い練習への近道

― 生徒さんへアドバイスする際、意識していることはありますか?

例えば、生徒さんから「モチベーションが上がらない」という相談を受けたときは、その方にとってトレーニングそのものが修行や苦行にならないように気を配っています。
例えば、バイクの練習で気持ちが乗らないときは、ランの練習だけ行なってもらったり、どうしてもバイクに乗らなければならない状況であれば、YouTubeや映画を見ながらでもいいので、タイムを気にせずとりあえず乗ってみてもらうようにしたり。やはり無理矢理では良い練習はできないと思うので、無理な練習を強いることはありません。
自分自身が、トライアスロンが楽しくなくなって辞めてしまった経験もありますし、何かを追いすぎるとつまらなくなるのはわかります。だから、数字も何も追わずにやりましょうとアドバイスをしています。
コーチをしていて一番意識しているのは、まずは楽しんでもらうことですから。

追い求め過ぎずに長く続けてほしい

― 生徒さんにトライアスロンを通じて伝えたいことは?

自分が初めてアイアンマンレースに出たのは、まだ21~22歳だった時で、体力よりも精神的にきつかったのを覚えています。でも若かったので、そのことさえも刺激的で、きついなか完走したときは喜びと感動でいっぱいになり、ゴールで泣きました。今でも、アイアンマンレースでゴールをすると、毎回感動して泣いてしまいます。生徒の皆さんにも、この感動をぜひ体験してほしいと思っています。
でもその一方で、追い求めすぎないようにも気を配っています。私が企画している練習会や合宿には、速くなりたくて来てくださる人も多いので、もちろん辛い練習もしますが、楽しさを超えてしまってはダメです。精神的に追い込まれてしまったり、タイムが出なくなってしまったりすると、その人がトライアスロンをやっている意味がなくなってしまいますから。
速くなるためには数字を追い求めることも大切ですが、アイアンマンレースを走りきるコツ、長く続けるコツは追い求めすぎないことだと思って指導をしています。

トライアスロンを通して北海道との懸け橋に

― 10年後、20年後の夢を教えてください。

まず、トライアスロンやアイアンマンレースを、成績に関わらず続けていきたいです。
そして、今後はトライアスロンを通じ、地元の北海道の良さを伝えていきたという夢もできました。
東京は、練習環境の整っている場所があまりなく、良い練習をしようと思ったら館山などに出かけなければなりませんが、私の地元である北海道には走りやすいところがたくさんあります。その良さを伝えていきたいと思うようになり、北海道で初めて合宿を開催したときに、生徒さんが楽しんでくださっている姿を見て、とても嬉しく感じました。
自分がトライアスロンを通して本当にやりたかったことは、こういうことだったんだと思える瞬間でした。結果的に地域活性化にもつながっている部分もあるので、今後も北海道での練習の機会を提供していきたいと考えています。

【商品Pick up】Neutral Waterを飲みはじめて―

シリカが高濃度で入っている「Neutral Water」は、毎日の水分補給として1日2本、トレーニング後や就寝前などに飲んでいます。
「Neutral Water」を1年以上継続して飲んでいますが、明らかに身体の調子が良くなりましたね。飲みはじめた直後から腸内環境が整った感覚があり、また最近では不思議と風邪などで体調を崩すことも非常に少なくなりました。

【商品Pick up】UTA SUPLIを飲みはじめて―

トライアスロンは、練習ももちろん大事ですが、疲労のマネジメントや体のケアもとても大事なことのひとつ。疲労をマネジメントするサプリメントや治療など自分に合ったケアを知っていれば、継続的な練習と、その質の向上も目指せるはずです。
現在、生徒さんとの合宿でも「UTA SUPLI」を活用していて、合宿中の3日間継続的に飲んでもらうだけでも「疲れ具合が違う」、「目覚めがよくなる」と、参加者の皆さんから感想をいただいています。トライアスロンを生涯スポーツと位置づけている方も多いので、長く安心して摂取できるよう、入っている成分や数値を見て間違いのない製品を選んでもらいたいです。

久保埜一輝

私のタイムスケジュール

スケジュール

私の記録

2019年 IRONMAN Asisa-Pacific Champion
IRONMAN World Championship 男子25-29歳 第23位 / 日本人第1位
IRONMAN Cairns 男子25-29歳 優勝
佐渡国際トライアスロン大会 Bタイプ 男子25-29歳 総合優勝
2018年 佐渡国際トライアスロン大会 Bタイプ 男子25-29歳 総合優勝
2017年 佐渡国際トライアスロン大会 Aタイプ 男子25-29歳 総合優勝
2015年 IRONMAN Japan 男子19-24歳 優勝
2013年 IRONMAN Japan 男子19-24歳 総合優勝(9時間38分)
2008年 ASTCアジアジュニアトライアスロン選手権 U19 第8位
2005年 日本U15トライアスロン選手権 優勝